パンとお財布

6月5日の土曜日、僕は鎌倉に行った。

鎌倉市、なら何度も行ったことがある。日頃お世話になっている大船のポルベニールブックストアさんが鎌倉市にあるからだ。ただ、いわゆる鎌倉、青銅の巨大な仏像が鎮座し、観光地として栄えている鎌倉へ行ったことは、これまで一度もなかった。同じ鎌倉市でも、大船はそういう町ではない。

鎌倉は、今住んでいるところからなら原付でひょいと行けてしまう距離にも関わらず(それよりよほど遠い距離を平然と運転している)、なぜか足が向かうことがなかった土地で、それ以前は東海に住んでいたから鎌倉より京都・奈良の方がよほど近いところにあるため修学旅行でも行くことがなく、全く縁がない土地だった。

そんな鎌倉に、この度こんぶトマト文庫としてお呼ばれした。お声がけしてくれたのは、僕と同じくBREWBOOKSのブックセラークラブの一員であり(まだまだ全然参画できてる気がしないが)、この春から国立にある小鳥書房さんのお隣に書店を開いた書肆 海と夕焼さん。由比ヶ浜の某所にて定期的に開かれているイベント「書肆 海と夕焼 鎌倉支店」の主催であり、その他にもマルジナリア書店さんとも読書会「じゅうに読む会」を開催するなど、ものすごく精力的にいろんな活動をなさってる。すごい。

その日は土曜日で、本来であれば僕は仕事だったのだけれど、翌日即有給休暇ぶん捕ってきた。ありがとう課長。そして土曜日ということは、いつもいつもお世話になりっぱなしな茅ケ崎のBOOK PORT CAFEさんもお店がお休み。ならばその日は二人で行こうかしらん、と海と夕焼さんにお話したらそれぞれ1枠ずつ頂戴することになった。恐縮しきり、そしてとても嬉しかった。



当日。

どうにもお天気が荒れ模様だった前日の金曜日、半日ブックマンションでお店番しながら「いいんだ…これで明日晴れてくれたらそれでいいんだ…」と願いながらお店番していたのが功を奏したのか(来店数は5)、土曜日は朝からぼちぼちな天気だった。当日電車で販売用の本を持っていく算段にしていたから、もしこれ雨降ってたらえらいことでしたね!などと雨降んなかったからよかったようなことを能天気にキャッキャ言いながら鎌倉へ向けて出発した。

辻堂から由比ヶ浜へ向かうルートは、ざっくり二つ。

ひとつめ。藤沢までJRで行ってそこから延々江ノ電に乗る。

ふたつめ。大船で乗り換えて鎌倉までJRで行ってそこから江ノ電に乗る。

その他バスを使うルートもあるっぽかったけれど、今回そもそもレンタカー案を蹴った理由は「江の島から東へ向かう道はめちゃくちゃ混む」という情報をいただいたからなので、なるべく道路を使わない道で行きたいと思いバス案は没。

乗り換え回数が多いのは後者だけど、なぜか時間もお金も後者の方に分があった。調べてあらまぁと思ったけれど、後々江ノ電に乗ってその理由がよくわかった。江ノ電って単線だったのか。それに住宅地ど真ん中を走ってるからスピードも出ない、そりゃあ時間かかる。結局乗ってないからわからないけど、藤沢から鎌倉へ江ノ電で行ったら海見れるのかな、ゆっくり走る電車から海を望むのはとても素敵な予感がする。今度乗ってみよう。


鎌倉で一度降りて、早めに出たからちょっと時間あるねってことで駅前でコーヒーでもと思いぶらぶらしてたら、あと数分で開店時間となる「たらば書房」という本屋を見つけて、あら入るしかないじゃないのと何の気なしに入ることにした。いや僕は無知の無知なので全然知らなかったのだけど、夏葉社さんの本でも紹介されたことのある皆さんご存じの名物書店だった。一見そこいらにある駅前の本屋さん、でも実態は新旧ありとあらゆる文化を巧みに織り交ぜている特濃の空間だった。音楽雑誌のとこに当ったり前の顔をしてカンパニー社の本が刺さってて、あまりにも強烈な不意打ちに腰抜かしそうになった。危なかった…連れ立ってる人がいたからまだ理性を保てた。これひとりだったら「こんなのイベント開始時間ギリギリまで粘るしかない!」という方向に脳ミソが駄目になって結局遅刻するやつだった。


由比ヶ浜駅は鎌倉駅から二駅ほど先にある。ゆっくり走る江ノ電での二駅だから、多少その気になったら鎌倉駅からでも歩いて行ける。

由比ヶ浜駅に着いて、目的地まで歩いた。見知らぬ土地を歩くときは、自然とおっかなびっくり進んでいる。本来よりも距離が長大に感じられ、時間も実際以上にかかったように感じられる。初めての場所を歩くときだけの、一度きりの実感。

会場に到着したら、会場主で写真家の鳥野みるめさんと海と夕焼さんが出迎えてくれた。場内の棚の前では、僕と同じくブックマンションとBREWBOOKSで棚主をやっているハタハタショボウさんが作業をしているところだった。

今回の出展者は5人。僕・BOOK PORT CAFEさん・ハタハタショボウさん、BREWBOOKSで同じく棚を持っている燈花書房さん、そしてオンライン書店もやっている書肆のらぼうさん。


勢ぞろいした様子。五者五様といったふうで、とても面白い。

てっぺんから時計回りに

燈花書房さん。

生活、文芸書を中心に、花を贈るように選んだ本が並んでいる。

先日発売した雑誌『日常』も取り扱っていた。真鶴出版、いつか泊りに行きたい。

世界で一番好きな店』を購入。温度感ある、日常のメシの話が満載でとても好き。

ハタハタショボウさん。

今年のマイベスト確定の『まとまらない言葉を生きる』をはじめ、言葉が振り回され破壊されている今あらためて「言葉を考える。言葉と考える。」ための選書。

ちょうど昨日、友達と電話で「SNSの言葉は怖い」といった趣旨の話をしていた。特に最近の煽動力が高い言葉の羅列は、まるで伊藤計劃の『虐殺器官』のようだな、とも。

書肆のらぼうさん。

のらぼう、の由来は実在する野菜「のらぼう菜」が由来とのこと。そんなお野菜があるのを初めて知った。見た目はホウレン草や小松菜に近い感じで、茎の部分はブロッコリーのようにホクホクしているのだとか。何それ食べたい。年がら年中食べられるものではないらしいので、来春に期待。ということで『のらぼう菜』を購入。

私、こんぶトマト文庫。

テーマを「千年先も漫画を読もう」とした。SuiseinoboAzの『3020』のフレーズのもじり。

思っていた以上に、自分にとって「漫画」というのがあちこちで通用する得意なのかもしれない、とここ最近思っている。

そして最後、BOOK PORT CAFEさん。

最初見せてもらったとき「ほぉ…」と嘆息してしまったテーマ「漢字一文字タイトル」。ありそうで意外とない。うちにあったのはカフカの『城』とクラフト・エヴィング商會編の『猫』。

幸田文の『』は本当に素晴らしい随筆なので、ぜひとも読んでほしい。


そして一棚本屋以外の場はこんな感じ。

海と夕焼さんと鳥野みるめさんの往復書簡『ひびをおくる』。

鳥野さんの写真に、海と夕焼さんが言葉で返す往復書簡。綺麗な本。

海と夕焼さん選書の文芸書棚。個人的に佐川恭一推し。歩いて数分に位置する出版社「港の人」の本もたくさん。

しかし、もう少し写真の撮りようがあったんじゃないか自分。ひどい。

いろいろZINEがあるコーナー、の一角でBOOK PORT CAFE店内で販売しているブックカバーとブックバッグを一緒に販売させてもらうことに。



こんな感じの、柔らかく穏やかで、それでいて随所に各々の芯の強さが垣間見えるような、とても良い空間だった。

とは言いつつ、初めての鎌倉に浮足立っていたのか、重たい荷物は置き去って小さいカバンに最低限のものを突っ込んで、わりと早々に会場を抜け出して鎌倉の町を闊歩しまくり、あまつさえ出かけるたびに古本屋に寄って手荷物増やしまくっていたのは僕です。お恥ずかしい。でも良い感じの古本屋さんがあったら、入口近辺で「えーなんかいい感じじゃーん」と言うだけ言ってスタコラ立ち去るのではなく(本当にいた)、棚の端から端まで矯めつ眇めつ眺めてこれや!という1冊を何冊か見つけて買って帰らねば気が済まないでしょう?でしょう??


結局トータルすると、会場にいた時間とどっか出歩いていた時間がトントンくらいという、お前何しに来たん?というふうだった。すみませんどっちもとても楽しかったです。そもそも出だしの時点でたらば書房さんで満足して「今日はもうこれで完遂してもいいんじゃないか?」などと嘯いていた。最終的に棚から本は4冊買ってもらったけれど、自分で買った本は新古併せて10冊ほどだったから、差し引き6冊ばかし増えたことになる。おかしな話になってる。つくづくひどい。でもよくある話だ。


今回は全くの初めましての人が大半で(顔見知りだったのはブックポートさんとハタハタさんくらい)、一体どんな人達が来るのだろう、と少しばかしキュッと身心かまえての参上だったけれど、終わってみたらとても楽しく良い時間を過ごすことが出来たし、初めましての人ともやんやお話していたし、何ならもっと会場にいるべきでありもっとたくさん話をするべきだったなと反省した。さすがに初の鎌倉、というよりはとても久しぶりの「全く土地勘がない場所を歩き回る機会」に浮かれ過ぎていた。

ここしばらく、知らない土地を歩き回る、という営為からとても遠い生活になっていた。理由は言わずもがな。昔から、夜行バスでどっかに行って雑に目的地だけ決めてあとはあちこち歩き回る、という体力任せの旅をよくしていた。それがここしばらくお預けとなっていたところに、今回の機会。誰彼に気兼ねすることなく、気になる小路があれば足の赴くままに進んでいく。そういう日常に、餓えていた。

何とも弁明がましいけれど、それは実は自分にとってとても大事なものだったんだろうと思っている。

こんぶトマト文庫のふみくら

本屋「こんぶトマト文庫」のホームページです

0コメント

  • 1000 / 1000