まえがき

 2020年、とても大きな変化が起きて世界は一変した。その変化は今も形を変え大きくなり続けているし、それがいつまで続くのか、どこまで広がるのか誰にもわからない。いずれまたマスク無しでに日常生活を送れる日が来るのかもしれないし、そんな日々はもう二度と来ないのかもしれない。

 こうした悲観的な言葉は、時として強く非難される。どうしてそう悪いことばかり考えるんだ、きっと良くなるに違いない、もっと日々の楽しい事を考えようよ、など。そうしていた方が楽だもの、面倒は誰でも嫌だものね。


 でも僕は、ただひたすらに自分好みの希望や未来ばかりを妄想して今そこにある直視しがたい現実を見ずに生きるより、それを正面から見据えてこの厄介な現実の中で自分はどう生きていくかを必死に思索する方が、よっぽど健全であると信じていたい。

 これは何も、去年のことに限った話ではない。去年より前からずっと、当たり前の顔をして人の尊厳を簒奪し、生活を侵犯してくる存在がある。その存在はあまりに巨大で茫漠として掴み様がなく、かと思えばしれっとその辺をうじゃうじゃと歩き回るまるで人のような型をしていたりもする。きっとそれが完全に消えてなくなることはなくて、それに迎合して自分を埋没させることに抗う限り、相対し続けていかなければならない。そういう存在だ。

 そんなことを考えている最中にやってきたのが、「2021年に読みたい本」というテーマだった。ジュンク堂書店さんの棚で選書を行なうという状況も相まって、どういう選書にするべきか心底悩みこんでしまった。

 そのまま一週間くらい考えて、どこで選書するとか誰かに向けて選書するとかそういう視点を一旦捨てて、まるごと自分のために「2021年に読みたい本」というテーマを根っこから捉え直してみたらどうだろうか、と開き直ってみた。他の誰でもない自分自身が2021年に考えていきたいこと、それを基軸にテーマを設けよう、と。少し視界が開けた。


 ふと、「恢復」という単語が頭に浮かんだ。回復でも快復でもなく、「恢復」。いつどこで知った単語かは覚えていないし、正確な意味も知らない。「恢」という字を漢和辞典で引いてみると、

―①ひろい。大きい。②大きくする。広くする。広める。③そなえる。用意する。④とりかえす。もとのとおりになる。

と書いてあった。加えて「恢復」は

―とりかえす。もとの状態にかえす。

とあった。

 これだな、と思った。とりかえす、という語義がとてもしっくりきた。

 とりかえしたいものがたくさんある。元々は自分のものだったものや、本当は誰しもの手にあるべきものをとりかえしたい。奪った側が自覚なく奪っているものを、明確な悪意をもって奪っていったものをとりかえしたい。一つや二つではなく、たくさんのものを、一つでも多くとりかえしたい。


 こういった機会を得られたことはとても幸福なことだと思う。自分の日常生活から一歩離れ、実利とは全く無縁の立ち位置から自分や周りを見渡して、これまでとこれからについて考えること。自分が考えたいことを考えること。日常と化した非日常に追われる生活の中では、即効性のない非生産的なことをぐるぐる考えている余力はない。

 とても特殊な形で、そこから脱却する足掛かりをもらった。ブックマンションさんとジュンク堂書店吉祥寺店さんには感謝しかない。

こんぶトマト文庫のふみくら

本屋「こんぶトマト文庫」のホームページです

0コメント

  • 1000 / 1000