<今月の漫画>アンダーカレント/豊田徹也

ほんとうはすべて知っていた。心の底流(undercurrent)が導く結末を。

夫が失踪し、家業の銭湯も手につかず、途方に暮れる女。

やがて銭湯を再開した女を、目立たず語らずひっそりと支える男。

穏やかな日々の底で悲劇と喜劇が交差し、出会って離れる人間の、充実感と喪失感が深く流れる。

映画一本よりなお深い、至福の漫画体験を約束します。


「今、最も読まれるべき漫画はこれだ! すでに四季賞受賞作で確信していたその物語性と演出力に驚く。豊田徹也は心の底流に潜む、なにかの正体を求めるように静かに語る。」──(谷口ジロー)


(以上講談社HPより)

「映画一本よりなお深い、至福の漫画体験」というセンテンスは、果たして誰が考えたのでしょうか。漫画と映画の併記(というか大体の場合対比)にはいつだって身構えてしまいます。


さておき、今月の漫画の紹介です。

アンダーカレント/豊田徹也(講談社)

講談社の漫画雑誌アフタヌーンにて2004年10月から連載が始まり、翌年10月に完結、同年11月に単行本化した一巻完結の漫画です。

いきなりの余談ですが、ピアニストのBill EvansとギタリストのJim Hallの二人による一枚もまた『Undercurrent』と名付けられています。ジャケットは下の感じ。単行本の表紙を並べると、作者が強くインスピレーションを受けたのが伝わってきます。

元々は写真家のToni Frissellによる『Weeki Wachee Spring, Florida』という作品だとのこと。作中にも湖が出てきますが、この写真もまたフロリダの公園にある湖で撮影されたのだろうと思います。1960年代当時はわかりませんが、今は随分と賑々しい観光地のようです。

閑話休題。『アンダーカレント』の話です。


前触れもなく突然起きた、夫・悟の失踪から2ヶ月。

非日常を前に戸惑う妻・かなえは、一時的に休業していた銭湯を再開するも、どこか心ここに在らずのまま仕事に目を向ける。

翌日、銭湯組合から紹介されてきた男・堀がかなえを訪ねる。休業に至った理由、それゆえに今後も経営と雇用が不安定であることを伝えられた上で、堀は銭湯で働き始める。

旧知の友人を経て探偵・山崎を紹介されたかなえは、夫の行方の調査を依頼する。かなえの口から語られる悟の人となりをひとしきり聞いた山崎は、かなえに問う。

「人をわかるってどういうことですか?」

―よどみなく回る日常、その底流にある仄暗い過去と感情が交差する。




豊田徹也の作品を初めて読んだのは、コーヒーが登場する17の短編が収められた短編集『珈琲時間』が先で、確か2011年頃の話。『アンダーカレント』にも出てきている探偵・山崎らしき人物が登場する回がある。こちらも大変に好きな短編集なのだけれど、内容については今回は割愛。とにかくこの一冊を読んで、僕は豊田徹也という漫画家のとりこになった。

続いて読んだのが、この『アンダーカレント』。

銭湯が再開して堀さんが働きに来た序盤は、悟の失踪に関してシリアスな場面が挟まれるも総じてユーモアなシーンも多く、比較的穏やかに朗らかに読み進められた。探偵である山崎さんもまたそのユーモアを先陣切って担う一方で、彼の調査がもたらす”真実”が、物語を深水に沈めてくれるのもまた事実で、緩急のバランスを取りつつ物語をくるりと回してくれる姿がとても素敵な登場人物。


冒頭には、

ún・der・cùr・rent[発音記号略]

1 下層の水流,底流.

2 ((表面の思想や感情と矛盾する))暗流 「講談社 英和中辞典」

とあるように、表層上では明るく楽しく元気に暮らしているように見える人も、その底には暗く澱んだ感情が静かに揺蕩っているのかもしれない。

かなえ、堀、そして悟。表層に見えるキャラクターとは異なる、誰にも見えないその奥底に流れ、留まり、在り続ける感情や過去。物語が進むにつれて、それぞれが絡み合いもつれながら徐々に浮かび上がってくる。そしてひとつの事件をきっかけに、一番の奥底に押し留められていた過去が顔を出す。


「人をわかるってどういうことですか?」

山崎がかなえに尋ねたこの一言が、ひどく心に残る。言葉を交わした程度では、人のことはわからない。無論言葉を交わさないでいたら、人のことなどわからない。それでもと言葉を深く交わしても、それでわかるとも限らない。

なら、最初から誰彼のこともわからないままでいいのだろうかと言うと、多分、それでは居たたまれない人がいる。誰かに自分のことをわかってもらいたいと思う、そのために言葉を尽くそうと試みる、それでも上手く届かないし、仕方なく表面だけでも善く取り繕うとする、でもそれではただ苦しみが増すばかり。

だからこそ、それでもと心を引き絞って言葉を尽くして手を伸ばそうとすることが、人と人とがわかり合うためには必要なのだろうと思います。


登場人物の感情や機微、人の関わりの描き方がいつ読んでも新しい。それは単に物語の奥行きがあるだけではなくて、漫画の描かれ方が大きく作用しているのだろうと思う。コマの大きさと割り振りで生まれるリズム、テンポよく交わされる多弁なセリフのやりとりと、無言のコマを挟んで絞り出されるたった一言の対比。その抑揚が、じっくりと沈むように漫画を読ませてくれる(多分こういうところが冒頭にも挙げた、映画と対比される漫画の特徴なのだろうと思う)。


漫画というものは、思っているより商品としての寿命が短くて、

明け透けな話をすると、とりわけ講談社の漫画はとても早く品切れ重版未定となる印象が強い。

この『アンダーカレント』も長らく品切れ重版未定となっていたのだけれど、

一昨年に実写映画化となったことをきっかけに、その他の豊田徹也作品を率いて重版となった。今現在こんぶトマト文庫で在庫できているのはそのおかげ。

とはいえ、恐らく今はもう既に重版未定状態となっているので、再びちょっと手に入れるのが難しくなっている。神奈川県内のジュンク堂とhontoのネットストアには在庫がないし、有隣堂にもゼロ。アマゾンでも中古のみの取り扱い。

なので、『アンダーカレント』に限らずの話となりますが、気になった漫画はその場で買った方が良いです。特に講談社は。

こんぶトマト文庫のふみくら

「こんぶトマト文庫」のホームページです。

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